8 posts tagged “web 2.0”
DotSub.comのコンセプトがお気に入り。字幕inやニコニコ動画と仕組みは同じなのだけど目的は違う。学術的な要素が強くて一般受けはしなさそうだけど、そんなことはどうでもいい。
このサイトの素晴らしいところは、
一つの映像に対して、複数の人間が協調して複数の翻訳をつけることができること。
上がっている映像もCreativeCommons.orgで公開されているものが多い。つーか上がっている映像数が少なすぎるか。
百式さんで紹介されていたときは(2006年4月!早い!さすが)U/Iもなんだか、という感じだったのだけど、Lessig大先生が紹介していて本格的に共鳴したというか。
最近になって、2月くらいに話題になったThe Machine Is Us/ing Usをもう一度見る機会があって、こんなのもとっくの昔に公開されている中で今更だけどDotSubの中で日本語訳を作りたかった。
それがようやく完成したので公開します。
The Machine is Us/ing Us(Final version)
作成したのはカンサス州立大学の助教授MikeWesch。NonCommercial Share Alike Licenseだったけど、一応メールで通知しておいた。勿論即OK。
初めてDotSubを使ってみたが多言語化するための準備が大変。初期の言語を選んで、そこに初期言語の翻訳文を埋め込んで、それから各国語訳のレイヤーを用意すると
いう仕様で、一旦投稿すると初期の翻訳文が一切修正できない。
日本語のみ追加で字幕を入れたい箇所やどうしても気に入らない部分を直したり、タイムラインのミスのために3回もやり直した。
まあ終わってしまえばどうってことないけど。
字幕inで公開されているものを もう一度行うのは「車輪の再発明」といえば確かにそうなのだけど、もっとスマートな翻訳が出来ると思ったこと、また、一つのファイルで、世界のどこかの見 知らぬ誰かとそれぞれの言語に翻訳して共有する、という行為に、えもいわれぬ高揚感を覚え、やらない理由がなくなってしまった。
CreativeCommonsやオープンソースの思想は、ハードコアすぎて賛同しまくりなわけで、余裕がある時は力を貸そうと常々思っている。
今、自分たちはホントにすごい時代を生きている。仕事に趣味に没頭するのもいい。けど少しだけ、知らない誰かのために自分の力を使うことが出来たらもっといいんじゃないのかな。
大学で、こういう研究が出来ているのは本当に素晴らしい。日本の教育法人は学部の方針変更などが難しく、世界の実情に即したタイムリーな教育を行うことは苦手だ。デジタルハリウッドが専門学校でもなく、学校法人でもなく、株式会社立を選んだのも、この点においてどうしてもポリシーを曲げられない、という理由があってのこと、と聞いている。その上で自分がデジタルハリウッドに入ることを選んだ。いろいろ叩かれるのは仕方がないし、過去のことなんか俺は知らない。
カンサス州立大学だけでなく、色んな教育機関との交流をもっと図りたい。未来のヒントは世界中に落ちてる。教育業界だって同じこと。 自分たちなら変えられると思う。
以前別ブログでまとめていたエントリ第二弾
URL
http://www.esri.com/index.html
APIの場所
http://tinyurl.com/92te9
ESRI社の地図データを利用できるようにする。
GISを基にした地図上にユーザーがデータを落とし込めたり。
商用版と非商用版があり、
共通の提供機能として
機能
・ルート探索機能
・位置指定機能
・住所割り出し機能
地図・空間のクエリー(?)
・通りの抽出
・住所の抽出
・ランドマークの抽出
サポート機能・経路の抽出
があり、有料版では上記に加え、・フォーラム
機能
・ユーザーの設定したポイント、線、グラフィックの地図上への落とし込み
・市場でのプロフィールの提供
・運転時間のポリゴン表示
・地理情報の表示
地図・携帯電話のトラッキング
・空(天候)のイメージの利用
・渋滞情報
特別機能・天候情報
・市場でのプロフィール
・BusinessListing(?)
・電話番号から位置の参照
・IPアドレスから位置の参照
・推移データ
・USGS地震位置情報
・FEMA洪水位置情報
・アメリカ国内のZipコード
・カナダの郵便番号コード
・ヨーロッパの郵便番号コード
サポート・世界中の空港情報
・電話サポート
・Faxサポート
がうけられる
以前別ブログでまとめていたエントリ第一弾
自分の願望を他人と共有する、ソーシャルな励ましあいプラットフォーム。
無理なコミュニティ醸成の働きかけがなくとも、他人との比較や同類を見つけることで、勝手にモチベーションが上がる仕組みがよいと思う。
ユーザー同士でTeamを結成することも出来る。
公開されているAPIの場所は
http://www.43things.com/about/view/web_service_api
取得可能な情報は
目標の検索
特定IDの目標取得
特定の名前のユーザーの目標取得
似通った人の目標取得
人々の目標取得
目標のエントリ自体の取得
人の検索
eメールアドレスでの検索
ユーザーの取得
特定のユーザーの達成した目標の取得
ユーザーのエントリーの取得
目標に対しての進捗状況の取得
特定ユーザーのチームメイトの取得
特定ユーザーの友人の取得
特定ユーザーの使用しているタグの取得
特定ユーザーの使用しているTag
特定ユーザーのTagCloud
subscptionの取得
チームの進捗状況の取得
最新エントリの取得
tagの検索
タグの目標の取得
類似しているtagの取得
居住地の検索
居住地の取得
同一居住地のユーザーの取得
IDで判定して目標を追加する
名前で判定して目標を追加する
目標を完了させる
目標を削除する
目標を更新する
この目標達成をサポートするためのPetriProjectというブログも出来ている。
SurveyMLで萩原さんが投稿していた映像。
見せ方がすごくかっこいい。楽観的なWeb2.0賛歌とも取れるけど、間違ったことは言ってない。
VideoResponseを使用していて、元はここだったらしい。
VideoResponseの仕組みはホントいいよなぁ。
なんて大げさなものは書けないが思いついたことをメモ程度に。
CGM台頭、そして猫も杓子もクチコミ、なんて言ってる状況では、人が望む情報を探すことが出来るようにするために、情報の重量という概念が登場してくるのではないかと。
「情報は等価ではない」
情報は「その情報を発する人、もしくは場所(?)」によって比重のようなものが存在すると思う。今やその比重を重要視せざるをえないのではないか。
今時PVを尺度にして価値を計算することはナンセンスだけど、かといって被リンク数ももはや疑わしい。ソース元が信頼おけるところかどうか、ってことだって怪しいものだ。新聞社なら信頼度高く、CGMが信頼度が低い、そんなの誰が決めるというのだろう。情報の信頼性は外にあるのではない、自分の中にあるのだ。その基準をきちんと持てないものは生きてはいけない。溢れかえる情報をどうフィルターをかけるか、他人や他の機関に任せることはできない。残酷だがそういう状況になってると思う。
閑話休題
被リンク数を重用する今のGoogleのロジックによって導かれる検索結果が信頼に足るものなのか俺にはわからない。
例えば
Googleでの「柔術」の検索結果
で上位2つにWikipediaが登場するのはいいでしょう。でもその後の結果はこれではまずいのだ。単純に発見されることを前提としないサイト設計が悪いのだけど、出てくるのはブラジリアン柔術の道場HPばかり。「柔術」で検索したユーザーにとっては広範な意味での「柔術」の結果を出すべきであり、この古流柔術道場の順位の低さ、そしてブラジリアン柔術道場の検索順位の高さは精度が低いというしかない。個人的にはこれでもOKだけど(自分の道場が出てこないのはよくないけどw)「柔術全般」について調べたい一般の人からすればどうなのかと思う。
発見される情報がお金を生む以上、いつの時代も結果を汚す方法は絶え間なく生まれてくるので、それをとやかく言うつもりはないけど、今、自分達には新しい尺度で情報を測る方法が必要。
例えばMechanicalTurkのような仕組みで情報に優劣をつける仕組みとか、情報の発信者がBlogosphere(もしくはネットの世界)で行った貢献みたいなものをカウントして比重を決めるような方法とか、そんなのが生まれないだろうかね。
Wikipediaを久しぶりに覗いたら、自分が書いたものが構成変更され、いくつかの新しい内容が追加されていた。
自分はおおよそ著作権などというものを声高に言えるほどの筆力も知識も持ち合わせていないが、それでも自分を否定されたみたいで、少し不快感が残った。俺様の書いたものを書き直すなんざどういう神経してんだ。それくらいのことを考えていた。
けどその不快感の中にモヤモヤとした感覚があったのでちょっと考えてみた。
俺が書いた柔術の我が師匠の情報、そして現代の現人神の情報、またその他ブラジル人柔術家の情報。けど、素性の知らぬ誰かがその師匠の情報に手を加えた今、この記事は誰のものなのか。書き出しっぺは俺、けどもはや俺の書いたものではない。そしてその情報は新たな厚みを持つために、いつでも準備が整っている。荒らしも間違いもある。けどそれはみんなの意見がみんなによって追加されることで、案外正しいものになる。その時にこの情報は誰のもの?この空間のものだ!そう気づいたときの衝撃!ブログで起きているのは「知の交流」、MashUpやオープンソースソフト開発で起きているのは「協調」。Wikipediaで起きていることはいわばジャムセッションなのだ。「知のアンサンブル」なのだ。
こんな素晴らしいことってあるか?交流よりも協調よりももっとすげーよ。著作権とかGPLv2とか言ってる場合じゃない。外側から「集合知ですってね奥さん」なんて評論している場合じゃない。放棄するにも、既に自分の成果とかが切り分け出来ないのだから。1つの知が出来上がっていくさまを体験してみろ、やれ!ハァハァ。
Web 2.0とは?なんて言ってる場合じゃない。実際に自分のアウトプットしたものが自分の手を離れて、よりよいものへ進化すること。複数人で1つのプロジェクトを仕上げていく感覚とは明らかに違う。インターネットが自分の外部脳として利用できる空間だとして、その脳の内容はWikipediaにおいては勝手にアップデートされている。Wikipediaは人が利用するためのツールだと思っていた。けど今は違う。Wikipedia自身が人類の叡智の詰まった脳であり、自分はその従属者にすぎない。俺はアリだったのだ。とてつもなく大きな主に、気づかないうちに貢献し、取り込まれていた。
これを読んだ人、きっとわかってるつもりでいるんだろう。でもおそらくわかっていない。自分でWikipediaに何かを書き込み、その経過を我が子のように見つめるようになるまでは。自分が絶対正しい、と思ってる人にはいつまで経ってもわからないだろうけど。
Web 2.0が産み落とした一番の成果はこの「知のアンサンブル」ということかもしれない。
Social Networkでありながらコラボレーションツール的な狙いがあるらしいアプリ。
アカウントを申請したので今度レビューしてみよう。
SNSが他人との関係を変えたのなら、今後のSNSアプリケーションが、他人とのインタラクションを改善する方向性で差別化していく方向は誰もが考えるだろう。
Wikiほど小難しくなくて、コラボレーションの威力を多くの人に知らしめることが出来るならいいサービスになるのでは。
自分のHDD内にある全ての音楽を、SOUNDFLAVORの持つ膨大なDBと照合させ、似た系統、似たテンポ、近いアーティストなどで連続してプレイするアプリケーション。
iTunesを補完するような働きになるだろうか。言うなれば「あなたのiTunesを管理するお抱えDJ」というところ。
インターフェースはかなり綺麗。カスタマイズも出来るらしい。
この画像はデスクトップで動くWidget。これで十分だけど。
Webサイト単体で何かをさせるのではなく、ローカルにあるデータに新しい意味を持たせる。ますますWebは面白くなりそう。
ティム・オライリーがWebはプラットフォームだって言ったけど、本当にプラットフォームだよなーと思う2つのサービスでした。
Web 2.0の挑戦者:セマンティックウェブブラウザを目指すblueorganizer
意欲的なのは嬉しいんだけど、どういうことなのかよくわからない。
html上に記されたテキストから文脈を読み取るにはまだまだ素材が足りないように思う。
今後microformatがテキストにより深い意味を与えるにしてもだ。
どんな種類の米を分析し、加工してもビーフシチューは作れない、それと同じような気がする。
まぁ偉い人に期待して楽観的に待つとしよう。