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天野君のお誘いでMOTOGPのプレイベントに行って来ました。シークレットだったみたいね。
パーティということもあり、パートナー同伴だったので嫁、そして無類のMOTOGP好きの渋井さんと奥さん、PR業界の重鎮たか子さんとヨッシーさんもお誘いして大勢で押しかけました。
今週末のMotoGP日本ラウンド@もてぎサーキット、そのプレイベントに一般人である自分が行けることなんてそうそうないので、結構上がり目。到着一番乗りだったよ。田舎モノみたい。
でも思ってたほどドレッシーな感じはなく、お披露目イベント的な感じ。まぁ自分含めてブロガーが混ざってる時点で、お洒落度はかなり減るわな。たか子さんとかはともかく。ファッション業界のイベントと比べるとねってこと。
実際のレースに使われるバイクってこんなに美しいのね。初めて知ったわ。
エンジンとかのメカメカした部分は自宅に飾っておきたいくらい。連発しておきます。
バイクって斜め後ろがかっこいいと思う。エンジンまわり萌える。
どんくらいの体感なんだろうね。かなり体力いるだろうな。
自転車もそうだけど、こんだけピカピカしてて、コケた傷どうしよ、とかそんなことばかり考えてた。
んで渋井さんはもうバイクからトークから目の色が違ってて、あんな姿見たことなかったのでおかしかったw
ゲストでは坂井真紀と霧島ローランドが登場。
坂井真紀が思ったより地味だった。いやかわいいんですけど、つきあってくれと言われたら絶対つきあいますけど、もっとオーラびかびかーとしてると思ってた。
そういえばバースペースに有名なヘアスタイリストの近田さんがいらっしゃった。近田春夫さんの奥さん。
さすがに写真は取れなかった。
次にレーサーが登場してのトークセッション。みんなちっけー。けど家柄いいんだろうね。みんな品がある顔なんだよね。
最後の質問、「尊敬するライダーは?」に対して、
「最初は同国のミック・ドゥーハンだけど、今は隣にいるヴァレ」(ケーシー)
「ケビン・シュワンツがぼくのヒーロー。あとノリック」(ヴァレ)
「最初はワイン・ガードナー。でも世界に行くと日本から参戦する苦労がわかり、上田さん、坂田さん、若井さん、原田さん、岡田さん」(真矢さん)
これだけでも性格わかるわw先輩や同僚を立てるのは必要だけど、正直に生きてるやつの方が勝負強い。実際に現在までの成績でトップ。このままヴァレが優勝かな。
まぁ俺も気が弱いので、もうちょっと精進しよう。そんなことを思った。
そして日本人がんばれ!中野がんばれ!オリンピックだけじゃねーよ。
そういえばたか子さんは「ロッシが今日イチ!」と叫んでた。この人のバイタリティはホント勉強になるわ。俺も今日イチを毎日見つけるようにします。
第25回 ユーザは使いよう
ユーザの意見をもとに新しいデザインを考えることはできません。何かを設計する人は、将来のユーザが満足するであろう新しいインタフェースやデザインを発明する能力が必要なのです。 ユーザに設計させないこととユーザ中心設計を行なうことは矛盾しません。ユーザについてよく考慮しながら専門家が設計を行ない、それに対してユーザ が意見を言ったり評価実験を行なったりして、それにもとづいて専門家が設計を修正するというような共同作業が本当のユーザ中心設計です。
いやいやまったくもって。
アフォーダンスという概念がデザインの中に組み込まれるようになってから、マネジメントデザインとかあちこちでデザインという言葉を目にするようになった(別の言葉を用意した方がスッキリすると思うんだけど。"よいデザイン"は正しい行動を規定するものだけど、主流にはなりえない考えのように思うので)のだけど、あたらしいデザインとは観察から生まれるのでしょう。
けど、観察をする努力って過小評価されていると思う。なぜなら形にならないから。フィールドワークをしながら思いを馳せている時間は、イラレファイルが上がるわけでもなし、遊んでいるようにしか見えない。本当に大切なことなんだけどね。
だから結局海外には勝てない、という風潮になってるんじゃないかな。
企業はもっとデザイナーを遊ばせるべき。外に出歩かせる、という意味だけでなく、ネットサーフィンしまくる、とかね。外界からの刺激を必要としない優秀なひきこもりデザイナーより、下手だけど観察しているデザイナーの方が最終的にはいいプロダクトができる気がする。
よいデザインって相談して生まれるものではなく、強烈な思想やアイディアがベースに必要なのだけど、同時にデザイナーのエゴのみで完成させるものではないから。
学校にいて思うのだけど、社会学ってもっと評価されていい気がする。観察、フィールドワーク、定性分析からのアウトプット。現在のものづくりにおいて、良いプロダクトを生むために一番必要とされることを学べる学問だと思うんだけどな。
追記
ユーザー中心設計がすみずみまで行きわたった時に、似たような振る舞いを必要とする道具のデザインの相似が起こるのではないかと思えてきた。いや、今スグに例が出てこないのだけど、テレビのリモコンのようなホームPCの入力装置とか。
単体で見た時に使いやすいけど、たくさんのデバイスに囲まれた状況において使いやすい、とは「あえて他と違う」ことなのかもしれない。
ナナロク世代が答えました
「IT企業はほんとに泥のように働かされるのか」――東大でイベント
なんつーかなイベント。
「10年は泥のように働け」「無理です」――今年も学生と経営者が討論
に対するIPAのプロパガンダイベントみたいだなぁ。かの国の国民みたいな。
横須賀半島の真ん中あたりでデスマ闘っている人たちは実在するし、週半ばでも同じ服着てるWebデザイナーに遭うこともある。その人たちにとっては、こんなイベントがあったことすら知らないでしょう。その人たちを入れずに話をしても「入ってみたらやっぱり嘘だった」ということにはならないだろうか?
少なくとも末端でキーボードを叩いている人たちには、納得できかねる発表ではないのか。「遅いのは本人の問題」で片付けられないし。夜に仕様変更入れて、明日の朝までに直して提出、なんてスケジュールをクライアントと握ってしまうSEとかいるよね。伝書鳩でしかないディレとかいるよね。
それと、IT業界は人の能力をお金に換えているので、稼働効率x稼働時間の合計がその会社の能力となる。
ある効率以上の業務を消化しようとなれば当然稼働時間を増やして対応になるわけで、すると業界の特性の話ではなくて、「利益計画達成のための会社方針だったり、営業担当の調整能力、ディレクターの仕切り力、請負階層のどこに位置するかによって泥となるかが決まる」と言ってしまった方がいいんじゃないのか。
ただ、最近はWeb業界でも8時くらいに帰るようになった会社が増えているように思う。特に小さな会社の方が多い気がする。
全ては経営者の考え次第で、稼働時間減少=売上の減少という問題を、独自性や効率化、アジャイル、多階層構造からの脱出、効率的な進行管理、クライアントとの対等な関係構築(工数増加ならスケジュールも延伸)で回避しているわけだ。
クライアントの意向が強すぎてそれに従うしかない企業も多いと思う。けど、経営者自身が、末端の人間のことまで考えて変わっていかないといけないんじゃないかな。
楽しい、やりがいがある、というところは疑いがないので、
「やりがいはあります。泥回避のための手法として業界全体でこんなことをやってます。しかも生き残るためにこうしてます」と示せないとね。
学生は業界に対する漠然とした不安を投げかけていて、それに対して「我社は残業なし、泥ではない」といっても、現状ではどこかで無理な要求をおっかぶっている人はいる。それを無視しても空しい嘘になるだけ。
定時で終わるようなプロジェクトスピードをベースに仕事を作っています、とでもしないとね。
社員が売上をコミットするなら、経営者は労働者の価値を担保してあげないと。
それよりも気になったのは、「私たち経営者はあなたのためを思って試練を与えてあげてる、この泥は成長の糧」ってニュアンスが感じられるところ。
泥で身につくこともある、ただし泥は泥であって回避できるにこしたことはないし、「俺も泥だった時期あるよ」で納得させようというのも気に入らない。
運動部の伝統的イビリみたいな感じ?自分がつらい思いをしたのなら、可愛い後輩にはさせたくない、と思う人がいないのだろうか?
それがかっこいい先駆者、学生にとって魅力的な世界を作っていくヒーローなんじゃないのかな。
ウチの学生を見てても、理由がないものに関しては耐性がない。確固たる理由があればとんでもなく高いパワーを発揮する。
むしろ、理不尽なものでもずっと耐え忍んでいた自分たちの世代の方が狂ってると言えば狂ってる。狂ってなければマゾ。
「仕方がない」「今の若いのはダメ」と言わずに、仕組みを考えてみた方がいいと思う。
Social Fundraisingサービスの一種だけど、ドネートはFreetibet.orgにいくようにしてある。
ステッカー配ってます。興味ある人はmixiで連絡ください。
私の自宅とゼロベースの会社からほど近いバー「チェリー」が生んだ縁で献本いただきました。
石橋さんありがとうございます。
2004年創業、今や日本の37signalsとの異名をとるようになったゼロベースの石橋氏がつづったブログの
記事をまとめた書籍。
交差点で出会った悪魔に魂を売ったことから始まったサクセスストーリーから、止まらない人材の流出を食い止めるための画期的な勤務体制の話、「アイディアは7時間、開発は5分」メソッドの紹介、尊敬する黒柳徹子への愛など、ぶっちゃけすぎなくらいぶっちゃけてる。軽妙でウィットに富んだ文体のせいか、流しそうめんのようにするすると読める、2時間あっという間。これでこの値段でよいのだろうか。オススメ。
編注
はい、エイプリルフール用のネタでした。ゼロベース石橋さんとは、橋本さん主催の飲み会で一度お話ししたくらいです。特に打ち合わせもなく勝手にやりました。ネタにネタとして乗っかりマッシュアップ。お目汚し。
手元に届きました。河野さんあざーす。
内輪になってしまうのであまりレビューはしたくないのですが、ぶっちゃけた内容で面白いですよ。夜道には気をつけてほしいと思いますハイ。ブラジリアン柔術を習いましょう。
P56で、このブログのURLを載せてもらっているので、関連する記事について、まとめておこうと。多分本を読んで、このエントリを読んでまた本に戻るとより深く理解できるのではないかと。
俺は以前河野さんが主催していたWOM勉強会に参加してました。10回中7回出席、出席する時は全てプレゼンも行ってました。ネタがなくてもとにかく考えぬいて用意した。クオリティとして低くても他人に何かの種を与える、ということを考えて。実は1つお蔵入りになったネタもある。どこかで発表する機会があるのかないのか。当時としては画期的な、ストリーミングによって発表ネタをリアルタイムで流すという試みもあり、カメラの向こうにいる誰かの存在にビビりつつも、度胸というか太い神経ができた気がします。いい経験でした。
自分は広告代理店ではなく、また制作会社でもないです。どちらかといえばクチコミが利用できるなら利用したい側。そのために発注側としてバイラルマーケティングとはなんなのかを考えていました。当時、どのバイラルマーケサービスの話を聞いてもなんか納得できず、ズレた感をずっと持ち続けていました。自分だけが理解していなかったり、誤解していることもあるので。
そんな中で、公正なバイラルマーケティングを育むにはこういう風にしたらいいんじゃないのか、とかクチコミの起こる仕組みとは何かについて発表していました。データは全てwomma.jpにあります。
そして、今回書籍で紹介してもらったエントリの内容について、書籍の補足資料として説明をしたいと思います。ここまで長かった。
実は、ポインタしてもらっているURLは間違っていて、本来はこちら。
Buzzの質と成果の関連性
資料はこちら(pdfです)
ここでの議題は、「クチコミが起こる条件とは?」で、いくつかのケースから、クチコミ発生およびクチコミレベルの大きさは3つのプレーヤーの距離によって変化するのでは?という仮説を提唱しています。
河野さんが書いている「遠い」「近い」という言葉はここから出ています。
自分は、クチコミの効果は認めてるし、うまく活用できるなら活用するべきだと思っているけど、いわゆるCGMによるクチコミ効果には疑問を持っていました。
過去のブログクチコミ事例を見ても、効果にブレがあると感じてます。
例えば
・ネットワークウォークマン 女の子ブログが3日で炎上したけど、売れてる (炎上したら売れないはずなのに!クチコミの影響はなかったと考えてよいのでは)
・外山恒一は泡沫候補の中でトリプルスコアをつけた。知名度でみればドクター中松、桜金蔵には及ばないはずなのに。(クチコミの影響はあったと考えてよいのでは)
都知事選のクチコミ検証についても発表しています。くわしくはこちらの資料をどうぞ(pdfです)
youtubeが外山恒一の映像を削除する前日に各候補の映像投稿数を集計したデータのエクセルシートはこちら。
・元祖CGMと言ってもよい2ちゃんねるではパナソニック製品がめちゃめちゃ叩かれてるけど、やはり日本一のメーカーとしてすっごい売れてるよね(和蓮和尚のコメント) (炎上しているのに売れてる クチコミの影響に疑問が出る結果では???)
・2007年5月16日のEnadget発 アップルゲート事件。Engadgetの誤報によりアップルの株価が急落した。訂正記事を出したことで株価は回復したのだけど、実際には売ってしまった人もいて、損害は甚大 (クチコミの影響が明確にあったというケースですよね)
この4つを見るだけでも、クチコミの影響力はデカイのか無いのかさっぱりわかりません。余談ですがデジハリに「クチコミでマーケティングを」とプラン持ってくる代理店は容赦なくたたくようになった。こっちが馬鹿ばかりだとでも思ってるのか。もっと頭使ってから来いこのやろう。
閑話休題
なので、一概に「ブログ、CGM使ってクチコミが起こる」なんて言わない方がいいんですよ。これだけ真逆な結果が出てるのだから。なんならもっと検証してもいい。ケースが貯まるたびに、自分の言ってることの正しさが証明されるはず。
違うな。「クチコミ」が露出量を示すのならCGMによって「クチコミ」は増える。けど、「クチコミが増えたこと」が、営業効果とは結びつかないよ、という方が正しいね。
そもそもクチコミはマーケティング施策として、必死こいて起こそうとしているのだから、そこまでは関与してないよ、とは言えないですよね。
ただし、「BUZZによる影響があるケースも確かに存在する」ということも言えると。ENGADGETの事件に限らず、これはあちこちで証明できる。
ということは、正しい認識は「クチコミが実際に影響を及ぼすケースと及ぼさないケースの両方がある」ということ。
じゃあクチコミが起こる条件ってなんだろう?ということを考えてみた。
クチコミを検証する時のプレーヤーは3種類。
クライアント(クチコミ対象)
インフルエンサー(クチコム人)
ターゲットユーザー(クチコミの影響を受ける人)
この3者は三角形の絵で示すと
こうなる。
この三角形の辺の長さをそれぞれのプレーヤー同士の親和度と考えてほしいのですが、この距離が短ければ短いほど、クチコミが実際の行動に影響するのではないかと。
親和度が高い=辺の距離が短い=近い
親和度が低い=辺の距離が長い=遠い
と表します。
ブログ、CGMにおいて、クチコミが実際の売上なり業績の類に影響を及ぼすときは、この三辺のうち、どこかが短い=近いということが成り立つのではないかと思っています。
2つだけ分析。
1.ネットワークウォークマンのケース
クチコミ対象vsクチコム人
ウォークマンと日記の女の子=遠い
SONYというメーカーとその商品を使う1ユーザーという関係しかない。
クチコム人vsクチコミの影響を受ける人
日記の女の子と購買者=遠い
始まったブログで信頼性がない。まず炎上前にブログの存在を知らなかった。
クチコミの影響を受ける人vsクチコミ対象
購買者とSONY=遠い
iPodなど魅力ある商品が乱立する中での選択肢のひとつでしかないから
2.外山恒一のケース
クチコミ対象vsクチコム人
外山恒一と多くのブロガー=遠い
まず知らないし。
クチコム人vsクチコミの影響を受ける人
ブロガーと投票者=近い
投票者自身であったり、友達のブログで存在を知ったり。
クチコミの影響を受ける人vsクチコミ対象
投票者と外山恒一=遠い
普段の生活においてなんの関連もないから。
外山恒一の場合、クチコム人vsクチコミの影響を受ける人の距離は近く、その場合、バズが起きる。ENGADGETの場合はさらに顕著で、アップルの株主は対象にも近く、またENGADGETにも近い。そうなると、ENGADGETの発信する情報に敏感に影響が出る。
このプレゼンの結論は、その3者の距離に注目して、
・クチコミがそもそも起きるか起きないか
・もしある商品、サービスのクチコミを起こすとして、誰に頼まなければいけないか。
・誰がそのサービスのクチコミを起こせる人なのか
それがわかるよね、と言いたかったんだけど、gdgdな結論で結んでしまった。後悔してるけど、本当に言いたかったのはそこです。
つまり、
・CGM発のエントリが万能ではないよ
・なんでもクチコメるブロガーは存在しない
・ネットにエントリがあふれることと、BUZZってることは別だよね
というのが持論。
例を挙げて悪いけど、この間のNHK中国語の件は、クチコミによる視聴者数増加を起こさないケースだと思う。3者が遠いから。
商品が悪いわけでもなく、学習がクチコミになりにくいわけでもない。WOMCOMが悪いわけでもなく、ブロガーイベントの設計が
集まったブロガーはNHKと遠く、ブロガーとNHKの番組視聴者は遠い。NHKと番組視聴者は近いのだろうけど、大半の視聴者はネット度が低いと思う。
効果がないかというと決してそういうわけではなく、ダブルクリックと同じような、露出増による広告投資効果はある。だから少しは増えると思います。ローラチャン萌えエントリばかりだったので、一度は見てみようという人もいるでしょう。
おまけだけど、河野さんがポイントしていた
クチコミマーケティングの信頼度を計る新指標について
こっちも面白い内容だと思うので折を見て説明をしてみたいと思います。
本当にBUZZってるのかただのエントリにすぎないのか、判別する方法あるんじゃないの?という話。ちゃんちゃん。
物騒なWebサイトが出てきた。
MuxTape
好きな曲のmp3を最大12曲選んでアップロード。
ダウンロードはできないよ。
早速作ってみた。
http://threepennie.muxtape.com/
一応断っておくと、どれもレコードで持ってるからね!
個人趣味丸出しの90's激HC mix。
素人は危険なので1.6BANDか400yearsくらいを聞く程度にしておいてください。
いつまで続くのだろう。続いてほしいなぁ。ひっそりと。
GUY KAWASAKIの興したNononinaの新しいサービス。
http://alltop.com/
カスタマイズも出来ず、あくまでALLTOPで選ばれたサイトの情報しか見られない。あらかじめ選ばれた(であろう)ブログやニュースサイトの質はかなり高そうだけど、自薦の道もあるのだとか。
なんつーか、とってもそっけない見た目。でも、これがGUYの意図したものだそう。aboutでは「Webのマガジンラック」という表現をしていた。
RSSリーダーと違うのは、自分の趣味に寄りすぎないで、興味のあるカテゴリにある最新情報を俯瞰できるところ。カスタマイズしては意味がない、ということ。この考えには、自分も乗れる。
RSSリーダーを使うようになって、もしくは情報源をネットに依存するようになって、明らかに変わったこと。それは、自分の好きな知識のみを深堀り出来るということ。それはネットならではの強みでもあるし、同時に弱点でもあると思う。1億総オタク的な情報の偏り方、自分は、あるジャンルにおいてはとてつもない知識を有しているだろうけども、あるジャンルは全く知らない。たまにWebストラテジーを読んだりすると、全然知らないクリエイターが出てきたり、技術もある。個人的な世界の見え方と、世の中全体が何を見ているのか、その違いを把握しておける機会は必要だと思ってた。それをこのALLTOPが解決してくれるように思える。
ALLABOUTのようなサイトもあるけど、人力作業が入る分、浴びるような情報量には程遠い。
FriendFeedよりもこっちの方が俺にはピンとくる。なんつーか、深堀りはそれくらいでいいんじゃないの?まぁTumblrと同じように後ですごさに気付くのかもしれないけど。
情報の取得で、I字型 一字型、T字型という表し方があるけど、RSSリーダーとALLTOPを併用することで、極太ゴシックT字型
情報取得が可能になる。そしてそれは自分が望んでいたことを解決してくれるように思う。広く太く深く。広くしておきたかったので。あとは自分の情報処理量がどこまで増えるか。
百式主催のブロガーイベントに参加してきました。
『学習会議 @ NHK』へのお誘い(効率的な学習のメカニズムとは何か?)
ブロガーイベントに参加するのは、AMNココロスキャンイベントに続いて2回目。ブログイベント自体に賛否両論ありますが、自分がこのようなイベントに参加するときのスタンスとしては、
・自分自身がメディアとしての意識を持ってクライアントに接する
・単なる感想文にしない
・自分に嘘はつかない
・クライアントを貶めない(辛口批評はあっても)
こんなことを考えています。
んなわけで。
イベント自体は、4月から始まる中国語講座「テレビで中国語」の紹介。
個人的に自分の会社の事業でもある教育、そして「学習を最後まで続けさせること」について参考になる部分もあるだろうと思い、テレビメディアの人が教育についてどのようなことを考えているのか興味があった。
イベント自体の進行は、
・NHKの方より番組制作の背景の話
・ミニ中国語講座
・個人ワーク、グループワーク
・懇親会
という感じ。
半年後には連動書籍(番組公式テキスト)の売り上げが半分に落ちてしまうNHK側の認識として、
1.発音でくじける
自分も今回初めて中国語を発音してみて、初めてわかった。文章に必ずつく抑揚があって、それに従わないといけない。主語で出てくる「パンダ」と述語で出てくる「パンダ」の発音が違う、ということ。
2.文法がよくわからない
個人的には、文法に関してはそれほど難しくないと思った。単純なフレーズしか学んでいないからかも。
3.中国に対しネガティブな感情がある
正直これは否定できない。特に現在は文化の違いというだけでは済ませたくない感情がある。
4.話す相手がいない
ネガティブな感情がある以上、よほどの必要性がなければ話し相手を探そうとも思わないし、これも納得。
5.あきてしまう
「飽きずに続ける」を克服するのは大変だと思う
学習すべてにいえることだが、A.習得しようと思いたつことと、B.困難を排して達成しようと思うことの2つがあって、今回の中国語の場合は、Aの方が自分にはないこと。今回の要件のAを達成するには、NHKが自分でどうする事も出来ないことを解決する必要があるので(例えば「世界中に中国語を教えたいからグローバルな価値観を持って生活してください、チベット政策を転換してください」とは言えない)こちらについては放置。
Bの方こそ番組制作側としてできることがある。
多くの人が書いているけど、ミニ中国語講座でゲスト登場した、司会のローラ・チャンは激カワ。男性ナビゲーターのリーハオさんもなかなか男前。教育自身とは関係のないことかもしれないが、こういう餌は絶対に必要。続けさせる工夫ってこういうことだと思う。NHKが語学番組を放映していることは知っていたが、今までに見たことがなかった。でもイタリア語講座で仲根かすみが出てたことは知っている。そんなもの。
もし俺なら、山本梓がどんどん賢くなる姿を見たいがために毎週見ると思う。
また、番組のつくりとしての面白さということも改善できると思う。
見たことがないのでイメージでの話になるけど、台本どおりに進めている印象がある。「生徒がこう間違えて、こういうセリフを先生が言う」とか。台本のないテレビ番組なんてないと思うけど、あまりにあからさまだと、番組の意義を認めることはしつつも、学習意欲が減衰していくと思う。
番組のクオリティによって継続率を高めるとしたら、こういうところなのではないかと思う。
えらそうなこと言ってるけど、DHも脱落者を減らすために苦労している。やる気のある人もいれば、一生モラトリアムみたいな人もいて、それらを同じように力をつけさせてあげることは本当に難しい。
DHではクラス制を採用していて、常に自分とクラスメイトを相対化でき、また助け合う形をとっている。もちろんそれでもダメな精神的に未熟な人、それだからダメな内気な人もいるので、必ずしも正しいとは言えないのだけど、かなりの人を伸ばせていると思うので、今回NHKが導入している学習SNS、ゴガクルとの連動には大いに期待できると思う。
他にNHKが取り組んだ工夫としては、発音を音楽で覚えさせること、イメージと合わせて覚えさせること、などがあるらしい。インストラクショナルデザインの常とう手段でもあるので、どんどん工夫を重ねていけば、面白い講座になると思う。
中国に対する個人的な感情は置いておいて、他言語を学ぶことは本当に重要だと思う。片言とはいえ、英語を少ししゃべる(けどいくつかの場面ではビビッて言葉が出てこない)身として、他人と通じることの感動も知っている。少しでも英語が話せたからできた思い出もたくさんある。日本人と話していても同じだけど。特に今は中国のいい話を聞きたい、中国のいい人柄を知りたい。今、中国人の誰かと日本人の私、それぞれのアイデンティティを持って、建設的に話をしたい。そのコミュニケーションを図る場所があって、そのコミュニケーションに必要であれば俺は中国語も学びたい。
一緒に学ぶ仲間は、中国語を学ぶ日本人でなくてもいい。日本語を学ぶ中国人でいい。
例文を学ぶことよりも、話したいことがある、そのために学びたいと思えることの方が大切。学習を最後まで続けさせる一番の秘訣はニーズを作ってあげることではないだろうか。その仕組みをテレビは作ってあげることができると思う。学校と同じことをする必要なんてない。テレビにしかできないことをやってほしい。そこにIMであったりボイスチャットであったり、インターネットの仕組みをうまく活用すればもっと学習が楽しくなると思う。
そんな考えもあり、学習を継続させるための工夫を考える個人ワークは、国盗合戦の概念を自身の経済利益と結び付けたインタラクティブ性を持ったインターネットコンテンツを作成するというアイディア。グループワークでもベースアイディアとして採用されたけれども、受賞はならず。まぁ発想トレーニングとして面白かったので。
最後に、今回プレゼントとしてもらった中国語テキスト4月号の中にあったテレビ放送の紹介をして終りにしたいと。
小池栄子の表紙が目印。
3月31日 私は○○です。「是」の使い方。ある人やものが存在する状態を示す「在」の使い方。「後で会おう!」というフレーズ紹介。"ピンイン"と呼ばれるアルファベットを用いた発音ふりがなの読み方
4月7日 問いかけのフレーズ、疑問の漢字(漢字変換できず)声調と呼ばれる中国語独特の発声ルール。
4月14日 「的」という漢字の使い方、名詞と修飾語をくっつけるイメージ。「どうして?」「なぜなら~」の説明
4月21日 前3回のおさらい
教科書かと思ってたら、文化理解を促進する読み物もあってなかなか面白かった。
追伸
片言の日本語と明るい笑顔。ローラ・チャンは萌え死ねます。
じだらくさんのブログにこんな記事があったので。
googleがmixi買収?
元ソースはここ
Microsoft-Yahoo deal would be a blow to Google in Asia
以下じだらくさんの記事の引用
Analysts believe Japanese social networking site Mixi Inc (2121.T: Quote, Profile, Research) and online marketing firms, could also be in Google's sights.
googleが買うのはテクノロジーだけかと思っていたのだけれど、
会員数も直接的に影響を及ぼすようになってきた、ってことかしら。
ってか、本当にそうなったらビビル。*ちなみにgoogleの発表ではなく、アナリストの予想ってニュアンスっぽいですね。
たしかにブログは個人の自由なメディアかもしれない。好きなように書けばいい。俺も人のことどうこう言えるような文章作成スキルはない。それを承知の上で、センセーショナルな書き方とか誤解を生みだしかねない書き方について、もうちょっと意識した方がいいんじゃないか。下に「ちなみに~ニュアンスっぽいですね。」とあるのだけど、「ぽいですね」じゃない。読めばわかる。
このロイター記事のニュアンスだと「アナリストが予想している未来図としてMixi買収案がある」だけで、ビックニュースでもなんでもない。でも、じだらくさんの2次加工によって記事になった時点でこの予想の意味が変質してしまってると思う。なんだろ、「ビックニュース」とつけてしまったことかな。「ニュース」という言葉には「事実の報道」というコンテキストがついてると感じている。「アナリストの予想を伝えているだけ」という主張もあるだろうけど、「ニュース」という言葉を使うならもっと慎重な書き方があると思う。
まぁじだらくさんだけに言いたいわけではなくて、ブログを書く人は全て気をつけるべきこと。
これがきっかけというわけではなく、前からいろんな記事を見て思っていたことなのだけどやっぱりブログはメディアとしてはまだまだだなと思う。
” ブログは個人メディアです ”
という説明があった時に、皆が注目し強調するのは「個人」と「個人の情報発信」という点であって「メディア」という部分に対しては、都合のいい部分しか見ていないと思う。「多くの人に発信しているからメディアだよね」「他人に対する影響力を持っているからメディアだよね」「宣伝も行えるからメディアだよね」「本当の声を伝えるからメディアだよね」という感じ。
でもオールドスクールメディアが社会の中で活動を行うにあたって持っていた「事実を調べる」「正しいことを伝える」「正しく伝わるように工夫する」という「メディアとしてのプライド」においては、ないがしろにされているように思う。規約を持っていないメディアなんてない。コピーに気を使わないでいられるメディアもない。そこはメディアを名乗る者が捨ててはいけない必要条件。
今の状況で「ブログすげー」「ブロガーwktk」「ブログがこれからのメディアですから」みたいな振る舞いが横行するならメディアと名乗るのをやめるべき。残念だけど現時点ではこれがアマチュアメディアの限界なんだと思う。
「悪は善人の顔をしてはびこる」ブログがオールドスクールメディアを滅ぼすとして、そこに残るのがひとりよがりの質の悪い情報なら、未来は本当に危うい。嘘を嘘と見抜けない人が世の中の大半を占めるのだから。自己責任と突っぱねるのも一つのやり方かもしれないけど、もしそうなったら自分は情報の質を守る方に動くと思う。自分の生活を守る守らないの前に、守らなければいけない美学もある。
いつもは誰かしらの顔が頭に浮かんで書いているのだけど、今回は自分が頭に浮かぶ。メディアの戒律が必要なのは自分自身だから。